2025年8月13日
茶の湯紹介の活動を振り返って
野尻宗明(独逸在住)
二〇〇二年にドイツ・バイエルン州のフランケン地方で茶の湯の紹介を始めて、二十数年が経ちました。誰に頼まれて始めたわけでもないこの活動、十年程前までは、一座建立の喜びを共にできるドイツ人を発掘したいという願いを捨て切れず、無理をして稽古の真似事もしていましたが、ここ数年は、日本語を教えている大学町のエアランゲン市だけで一年に二回、ワークショップのような形の講座で茶の湯を紹介しています。
六十代後半になった今振り返ると、この活動が私にもたらしたのは喜びと落胆がほぼ半々で、本当にいろいろなことがありました。初め、数年後には同好会を結成することができるだろうと考えていたのですが、抹茶が飲める喫茶店は望まれても、茶の湯に向かう意思を持つグループを作ることは結局できませんでした。
その理由として、日本語の授業で生計を立てている私には必要な時間と経済的な余裕が足りなかったこと、文化やメンタリティーの違いによる大小の困難が予想の数倍も大きかったことが挙げられますが、試行錯誤の連続ではあっても、「茶道」でも「Teezeremonie」でもなく、「茶の湯」を紹介したいという思いで活動をして来た結果なので、悔いはありません。
日本文化の世界的な人気上昇に乗じて、茶の湯や茶道に関するYouTubeのビデオや書籍も最近はかなり増えているようですが、このことばの定義がかなり曖昧な印象を受けます。私の娘のボーイフレンド(ドイツ系スイス人)が日本で「茶の湯」と言ったところ、若い日本人に「古いことばを使うんだね。」と笑われたそうです。「茶道は茶の湯よりも真面目なものだ」と思っている日本人が多いような印象を受けるのですが、如何でしょうか。
そしてドイツでも、日本の文化、特に和食や抹茶の知名度はこの二十年で驚くほど上昇しましたが、Cha no Yuということばは未だに意味不明のまま、“Teezeremonie”のことばの堅苦しいイメージが、潜在的な講座への参加者を遠ざけていることは今も変わっていません。日本の文化に興味があって、お茶の心をわかってくれそうな人に出会ったときは、個人的に声をかけてお誘いするようにしています。

ドイツというヨーロッパのほぼ中央に位置する寒冷な国に長年住んでいると、日本の料理や手工芸品、伝統芸能に見られる繊細かつ濃厚な美意識や鍛えられた細部を蔑ろにしない技の数々は、変化に富んだ自然環境と、近隣の国との絶え間ない戦争をせずに済んだ島国という特殊な条件下でのみ実現可能だったことを実感します。オーバーツーリズムにはぜひとも速やかな対策を講じるべきだと思いますが、日本の特殊な文化が多くの外国人を真面目な意味で惹きつけているのも事実です。
私がドイツの茶の湯講座で提供できないものは、本物の茶室と露地、茶の湯を心から楽しむ複数の人達が醸し出す、温かく和やかな雰囲気です。もしいつか、長期間日本に帰国できるなら、有志の方々とチームを組んで、稽古以外の形で茶の湯に触れる機会を日本人にも外国人にも提供できるような催しを企画してみたいと夢見ています。
Akiko-Nojiri@outlook.de
2025年 8月13日
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