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2018年3月6日

家元教場研究会レポート(5)

課題ー古典(相伝物) 第一回 唐物(盆点) 

武井宗房(火A:東京不白会)

 次客を引き受けました。炭点前では、炭の様子が教本の組方と違うことに気付きました。午後の濃茶の時間に釜の煮えが来るように下火の使い方の工夫を直接見ることができあmした。
 茶入も時代のある物で、その時代の所有者の方々の茶入に対する思い入れを感じられる仕服だったり、その時代背景を感じられる仕服だったり、その時々の方々の思いを想像することができて、とても楽しい時間でした。これからも研究会で一つでも多くの事柄を身に付けて行きたいと思いました。

家元教場研究会 - 古典(相伝物) 

田中優雪(火A:東京不白会)

 第一回目の研究会で私は半東を担当しました。事前に書物を見ながらのシュミレーションはしましたが、いざ本番となると自分がどういう状況にあるのか、今何をするべきか、頭の中は真っ白になって体も動かないという結果でした。家元教場での研究会には長く居参加させていただいておりますが、まだ身に付いていないということを再認識致しました。
 今回お茶入を箱から取り出すところからの行程を興味深く拝見しました。美術館などで至福と挽き家が並べてある様子をガラス越しに来る機会はありますが、実際に目の前で展開されていくのを見る事ができました。これから茶入の展示を完勝する機会があれば、このときのことを思いながら今までとは違う目で見ることができると思います。

 今年のテーマ「相伝物」、私の日常ではほぼ起こりえない状況での茶事となります。例えば「貴人」という立場の方にお目に掛かる機会はありえません。私が属している社会において目上の立場にある「会社」の上司に、相伝物の書物にあるような「貴人」として対することはできません。
 ある時、春日大社の権宮司をつとめられた方のお話を聞く機会がありました。その方は過去に事情があって執り行われなくなってしまった儀式を復活するための研究もされた方でした。
 神社で行われる儀式は神様への気持ち、心を表すための形式である。心を相手に見せるということは容易にできることではない。だからまず形式にあてまへて体を動かす事で目に見えるものとして表すのだ。また儀式という物は心を校正に残す為のタイムカプセルのようなものだと。頭で考えてから動くのではなく、まず形式通りに体を動かすうちにそこに込められた心を知ることになるということ。
 このお話を伺って、自分は形式に気を取られるばかりで心まで思いが至っていないと改めて感じました。残り三回の研究会でその中の心の一部でもつかみたいと思います。

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