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2008年7月22日

茶事は一人でするものではない

家元招請研究会−【茶の湯実践】

小田島 宗寂(岩手不白会)

床の「無門」
亡父上所蔵の掛け軸が茶事を見守る
 わが家において初めての茶事、それは実に慎ましいものだったと思います。しかしそれが私にとって特別なものとなったのは、正客にお家元をお招きすることとなったからでした。
 それまで仕事の多忙を理由に研究会での茶事の実践は辞退し続けてきたのですが、いよいよ仕事の都合もつき、お客様をお迎えするお役に付くことができました。今回は点心も控えめでよいということで、比較的心安く引き受けさせていただけたように思います。それから暫く後、正客にはお家元が決まったとの知らせを受けました。その時の私はまるで宝くじに当たったかのような心境でした。辺りの方々の心配を他所に、私は内心喜びでいっぱいだったのです。「何時かはお迎えしたいと思っていたお家元に、こんなに早くいらしていただけるなんて! しかも初めての茶事で」
 今回亭主として役の重さをひしひしと胸に刻みながらも、決して気負うことなく自分にできる限りのことを心を込めてやってゆこうと思いました。急にそうそう立派なことはできません。先ずはお家元をはじめ、いらしていただくお客様に、寛いでゆったりとした時間を楽しんでいただけるようにと心がけました。
 特に変わった趣向は設けなかったのですが、七月の暑い盛り、いかに涼やかに過ごしていただくかと思案しました。当日は朝のうち雨に見舞われたものの、幸いにも酷暑は免れたので、茶室の窓はすべて開け放って自然の風や野鳥の声が入るようにしました。わが家は比較的長閑な場所にあって、裏手には小山が臨めるのです。都会からいらしたお家元にも楽しんでいただければとの思いもありました。また、この土地ならではのおもてなしをしたく、点心の食材等は可能な限り県内産の新鮮なものを使用しました。
記念写真
名残を惜しみ記念写真 緊張のあまり、ちょっとピンボケ?
 この日の軸はお家元の筆による『無門』。私の父が生前にお家元から賜ったものです。私の父もまたお家元にわが家を訪れていただきたいと願った一人でした。存命中には叶いませんでしたが、この日お客様のほぼすべての方が父を存じていて下さり、有り難いことにそれぞれの方から思い出話をいただきました。その場に姿はなくても、さぞや満足であったろうと思います。私も茶杓の銘「おとずれ」に想いを込め、密かに父とともに喜びを分かち合いました。
 点心、茶席ともお客様全員が程よく会話に加わり、終始和やかにひとときを過ごすことができました。堅苦しくなく、楽しい席にしたいという願いを皆様がかなえて下さったのです。
 誰よりも私自身が一番楽しませていただいたのではないでしょうか。研究会の課題として行われた茶事ですので残念ながら時間に限りがあります。できることならずっとこの時が続いてくれはしないかと心の中で願って止みませんでした。まだ何かお客様にして差しあげられることがあるはずなのにと。茶席への名残惜しさを身をもって初めて実感した日でもありました。
 茶事の実際に際して、私は様々な事を学んだように想います。準備は苦労な反面、実にわくわくする過程であること。私のために惜しみなく助言下さった先生方、快く役を引き受け強力にサポートしてくださった半東さん、家の清掃と食材の調達や調理に協力してくれた家族、そして一緒に茶事のひと時を過ごしてくださったお客様……、茶事は一人でするものではない、沢山の方々の『和』が集まってでき上がる芸術作品なのだということ。実践して初めて得心できることだと感じました。
 このような素晴らしい機会を与えていただき、大変感謝しております。
三田会長も亭主を
この日行われた別会場の茶席 三田会長もご亭主として活躍
反省会の様子
笑いの絶えない反省会の様子

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