江戸千家 > 行事の予定・報告(2019年) > 第38回東京不白会夏期講習会

第38回東京不白会夏期講習会

2019年6月16日 (日)
於 牛込箪笥区民ホール (新宿区箪笥町)

 流祖不白生誕三百年を記念して、今秋「江戸の茶の湯 — 川上不白生誕三百年」展が根津美術館で開催される。同館の顧問で、東洋陶磁史をご専門とされる西田宏子先生に、奥高麗茶碗についてご講演いただいた。そして宗雪宗匠からは、本年刊行予定の『川上不白茶会記集』に因んだお話があった。
    (東京不白会会報『池の端』74号に掲載))

会場風景

■奥高麗茶碗の謎

根津美術館顧問 西田宏子先生
西田宏子先生

西田宏子先生

 奥高麗とは、古唐津の一つとされ、高麗茶碗との類似性が指摘されているが、産地が明らかではなく、窯が何処にあったのか、いつ頃作られていたのか分かっていない謎の多い茶碗である。西田先生は、数々の名碗をスライドで映しながら、その形状、特に高台や釉の掛け方、土味などの違いについて解説された。また、井戸、雨漏、熊川、伊羅保といった高麗茶碗とも細部に渡る比較がなされた。奥高麗茶碗の源流を求めて、壱岐や朝鮮半島の窯跡を訪れた際の貴重な画像も紹介された。流祖不白の書付のある奥高麗茶碗も示された。これらの研究成果が二年後には、展覧会として結実する旨のお話があった。

■川上不白の茶会記

川上宗雪宗匠
 流祖不白は1719年に現在の和歌山県新宮市に生まれ、今年は丁度三百年。水野家は紀伊藩の江戸詰家老だったが、その家臣である不白は、千家の茶を学ぶために京都に派遣された。表千家如心斎に入門して16年の修業を経、江戸に千家の茶の湯をもたらすことになる。
 宗匠は、如心斎と不白が大徳寺玉林院に参禅し、大龍和尚からそれぞれ賜った「天然」「孤峰」の意味から二人の性格の違いなどにも触れ、
川上宗雪宗匠

川上宗雪宗匠

不白の江戸での活躍は、紀伊藩の吉宗が将軍となり、その後田沼意次が中央政権で実権を握った事が背景にあるという推測も述べられた。
 そういう茶の湯の活動の中で不白は多くの茶会記を残している。茶会記には、日付、場所、客組、床の掛物、釜、花入などの道具組み、そしてお向、煮物、吸物といった料理の品々が記される。
 例えば、寛保四年、正月四日、不審庵で不白は亭主を務め、如心斎と堀内仙鶴、多田宗掬を招いた。師が茶室や道具を提供して不白に茶事を学ばせているのである。今も表千家に伝わる掛物や茶碗も用いられ、師や先輩を相手にする二十六歳の不白。
 茶会記は過去の記録でも、読みこんでいくと数百年前と今が時空を超え、時にはその茶事に同席しているかのような気持ちになるという。茶会記というものが如何に興味深く面白いものであるかを、家元は終始熱く語られた。
 今年、中央公論新社より発行される『川上不白茶会記集』を是非読んで、根津美術館の展覧会と合わせ、不白の感性に触れてほしい、と結ばれた。

©2019 edosenke
表紙へ歴史流祖茶室茶の湯のすすめ会報から不白会行事ご案内出版物事務局サイトマップ