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川上不白生誕三百年記念

根津美術館「江戸の茶の湯―川上不白 生誕三百年―」展によせて

根津美術館 下村 奈穂子

十一月十五日 特別内覧会にて
     根津公一館長の挨拶

 川上不白生誕三百年の記念として、東京南青山の根津美術館にて「江戸の茶の湯」をテーマとする展覧会が開催されました。不白好みの道具をはじめ、如心斎との係わりや、門人や周辺の人達とのつながりを示す多くの書画、茶道具が展示されました。本展覧会を担当された下村奈穂子学芸員に同展が実現した経緯や意義をご寄稿いただきました。

(右)牡丹蒔絵香合 不白好 江戸時代 18世紀 江戸千家蔵
(左)難波屋松平釜 不白好 江戸時代 18世紀 不白箱 個人蔵

 根津美術館では、二〇一九年十一月十六日から十二月二十三日にかけて、特別展「江戸の茶の湯─川上不白生誕三百年─」を開催しました。美術館の基礎となるコレクションを築いた初代根津嘉一郎(号青山、一八六〇〜一九四〇)が不白流の茶を学んだことから、当館にとって、川上不白を顕彰することは肝要と考えられたためです。不白自身のこと、また不白の茶の湯については、展覧会図録にゆずることとし、ここでは展覧会の準備のことや、開催過程で担当学芸員の一人である筆者が考えたことを記したいと思います。
 事前の検討の末、展覧会の開催が正式に決定したのは二〇一八年の夏です。ただ、その秋の特別展を担当していた筆者が「江戸の茶の湯」展の準備に本格的にとりかかれたのは、年末になってからでした。スタートは遅れましたが、年末年始に夢中で関連の先行研究を読んだことが思い出されます。展覧会は、当館顧問の西田と陶磁・茶道具が専門の筆者の他に、絵画の野口、漆工の永田、書蹟の福島の五名の学芸員が担当しました。それぞれの専門を活かした展示構成を西田が構想し、協力作業によって準備が進められたのです。筆者自身は、明治期の不白流のこと、そして全体のとりまとめを担当することになりました。
 しかし、不白のことは、なかなかわかりません。
 経験の浅い筆者が大茶人である不白を解明することなど出来るはずもないのですが、担当学芸員として〝答え〟とはいわずとも〝イメージ〟くらいはしっかりと持たなければいけないと思います。そこで、茶会記などの文献資料を収集、また関連作を調査するとともに、宗雪お家元をはじめ、茶道の研究者、不白流の宗匠、古美術商など、大勢の先学のお話を伺いに行き、わからないことを尋ねました。

(右)不白安名「宗雪」如心斎筆 江戸時代 元文5年(1740) 江戸千家蔵
(左)茶湯正脈    如心斎筆 江戸時代 延享2年(1745) 江戸千家蔵

皆様からいただいた〝不白像〟は千差万別で、しかし、どれも説得力があり、不白という茶人の大きさを認識したのでした。そのなかで、少しずつ、自分なりの〝不白像〟が作り上げられていったと思います。
 展示作品の選定、そして借用の依頼を進めるなかで、残念ながら現在の所蔵先が見つからなかった作品、諸事情により拝借の叶わなかった作品もありましたが、多くの御所蔵者から良いお返事を頂戴できたことは幸運でした。なかでも、表千家不審菴様より、大龍宗丈筆の如心斎道号「天然」を拝借できたことは、特に大きな喜びでした。
 さて、全ての展示作品が決定したのは九月上旬。そのころより、北は岩手県、西は山口県まで作品の拝借に全国を巡りました。この広範囲におよぶ借用先こそ、不白の茶が日本全国に広がっていたことを示していると言えます。
 展覧会が開幕する前日の特別内覧会は、外部の方に展示を初めてお披露目する瞬間であり、担当の学芸員にとっては緊張の一日です。当日、ご来館くださった皆様が展示を楽しんでいらっしゃるご様子を拝見し、ひとまず胸を撫で下ろしました。宗雪お家元は最も熱心に展示を見てくださり、ご多忙のなか翌日も駆けつけてくださいました。その時にいただいたご助言により、閉館後に慌てて解説文を加えた作品もあります。十一月二十三日には、当館の庭園内茶室・弘仁亭にて、宗雪お家元にお掛釜いただきました。筆者は仕事を抜け出して(もちろん茶券は自ら購入)、二席目に入りました。席中で、お家元とお弟子さんの和やかで、かつ機知に富んだ会話を拝聴し、御流儀の常の雰囲気を体感できたことが心に残っております。
 三十三日間の会期を終え、展覧会は十二月二十三日に無事に閉幕しました。予想を大きく上回る三万七千人ものお客様にご来館いただきましたこと、

古染付手桶水指 景徳鎮窯 中国・明時代 17世紀 不白箱 根津美術館蔵

担当者としてたいへん嬉しく思いました。
 準備期間を含めた約一年間、筆者は自分なりの〝不白像〟を考え続けました。仏教に深く帰依し、俳人としても活躍し、古い茶道具から好みの新しい茶道具まで愛用した不白。皇族・大名から商人まであらゆる人が周囲に集まったその魅力とは何か。数々の偉業からは鋭く厳しい茶の湯が推測される一方で、好みの道具や自筆の絵画、エピソードを知ると親しみやすくユーモア溢れる人柄が想像されました。それは、政治の中心地としての江戸と、新興文化の発信地としての江戸の気風と見ることもできます。このような不白の複合性こそ大都市の江戸に見合っていたのではないかと筆者は捉えました。
 当館の不白研究は始まったばかりですが、本展覧会が今後の不白研究に少しでも資することができれば幸いです。
 最後になりましたが、貴重な御所蔵品を拝借させていただき、また多岐にわたるご指導を賜りました宗雪お家元に、深甚の謝意を表します。また、雲鶴様、新柳様、そのほかご尽力いただきました関係者の皆様に心より御礼申し上げます。
 新型コロナウィルス流行が一刻も早く収束し、思う存分に茶の湯を楽しめる日々が戻って来ることを心より願っております。

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