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第36回東京不白会夏期講習会

平成28年6月26日 (日)
於 江戸東京博物館大ホール

 本年の東京不白会夏期講習会は、京都の野村美術館館長、谷晃先生に、「『不白筆記』と不白の茶会記」と題して、流祖川上不白の業績の歴史的意味についてお話いただいた。川上宗雪宗匠には、本年家元襲名五十周年記念として上梓された『名心庵 自會記』の中から、自宅の月釜にテーマをしぼりお話があった。
 内容の一部を紹介します。(詳細は東京不白会会報『池の端』68号に掲載)

■『不白筆記』と不白の茶会記

谷  晃先生
谷 晃先生

谷 晃先生

 谷先生は、流祖川上不白の『不白筆記』は、茶の湯観、茶の湯の思想が著されており、数ある茶書の中でもとりわけすぐれたものであると指摘された。

 先生は様々な茶会記を集め、用いられた茶道具や参加した人々の記録をデータ化し、そこから立ち現れてくる歴史の様相について研究をされている。茶会記は道具の記録に留まらず、茶会に携わった人物のひととなり、人間関係、時代の茶の湯のあり方などが豊かな風景として浮かび上がってくる歴史上の資料である。

 不白の茶会記は、四千回を越えて重複がなく、幅広い年代にわたって残されているのは他に例がない。個人としての実会数は最も多いのではないかと先生は指摘された。そして不白が茶会に使用した主な茶道具や客名から見られる傾向を次のように話された。

 茶器など唐物は少なく武家風ではない、大名クラスが師事しているため、参勤交代によって国元にも不白の茶が広まっていった。また町衆にも受け入れられ、千家の茶が目新しさをもって迎えられた様子がわかる。また、利休から連なる茶の湯を意識していたのも特徴で、掛物では大徳寺系の墨跡の他は千家の人々の書を用い、千家の歴代の地位を向上させる意図が見られ、それは成功したといえる。また女性が登場するのも不白の茶会記の特徴である。

 十八世紀の茶の湯に大きな役割を果たした不白の著作をさらに読みとき、貴重な記録である不白の茶会記に向き合って、流祖の茶の湯や、当時の社会や文化について学んでいきたいと思うお話であった。

■『名心庵 自會記』より

川上宗雪宗匠

 本書の三つの柱は、自宅の月釜、東京をはじめ各地での大寄せの茶会、家元として普段の稽古の様子。

 宗匠は茶家の本来の姿は自宅に客を招いて茶の湯を行うことと述べ、月釜に焦点をしぼり、四十年以上前から月に一回行ってきた月釜のうち、平成四年から五年にかけて、床の掛物に古い消息(手紙)を用いた一年間の記録を話された。東福門院、伊達政宗、小堀遠州や沢庵宗彭や烏丸光廣、千利休、等々。

家元講演

宗雪宗匠の講演

 「茶事で床の間に消息を使う時、私はその手紙の書き主を上段の間にお招きしている気持ちになる」という。自筆の消息を読み込み、関連する事柄を調べ、繰り返し味わって想像をふくらませると、人となりやその時の気持ちが直接に感じられるようになる。歴史上の人物の日常のひとこまに立ち合うことでもある。そして当日のお客が少しでも理解し楽しんでくれれば、この上ない喜びであると話された。花や料理のことも含め、月釜の楽しさについて時間を延長して語られた。

 欧州旅行での茶籠を用いたテーブル茶も紹介され、外国でも人を招くことが生活を豊かにしていると強調された。「自宅に客を呼ぶ、うまくいかない、だからこそ課題が見つかる。自分なりの工夫をして客をお迎えするのが一番のご馳走で、それが茶の湯の魅力です。方向違いになってしまった今日の茶の湯を実際に変えられるのは、私ではなく皆様です」と結ばれた。


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