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■水屋日記 第16回

柄杓(前編)

川上新柳

過去数回に亘り茶の湯にまつわる様々な道具や作品について専門家にお聞きしてきました。今回は柄杓師三原啓司様のお話を伺いに奈良高山町を訪ねました。三原様と宗雪家元の対談形式です。

柄杓師三原啓司様と家元(竹工房三原にて)

用途に合った竹材を選び皮目を剝いで 削り上げる

柄の差込口を削る

合の差込口を削る

柄を差し込むと溝は合に隠れる

柄の合い口に溝を掘る

銀杏形の合い口

差し込んだ柄を削り上げる

合の厚みを微妙に調整する

柄はおたふく状に成形

完成した柄杓

煎茶用の歪んだ合

断面が三角の柄

【柄杓のこだわり】

宗雪家元(以下「雪」):最近、当家で使っている柄杓の長さや容量を計測してみたところ、どれも少しずつ違っていました。測ってみた事で大きさや長さの意味がわかってくる部分もありました。茶人が微妙な差を理解するともっと違う使い方ができるようになると思います。
三原啓司様(以下「三」):柄杓は炉用、風炉用、またそれぞれの流儀によって様々な形と大きさがあります。
雪:汲む時と注ぐ時は特に柄杓の使い勝手の差が出る所だと思います。工夫されているところはどこですか。
三:まずは柄を「おたふく状」といってふっくらと丸みを帯びた形に削り、持った時に扱いやすく、柄杓の所作が行いやすいようにします。ぺたんとした形だと見た目も使い勝手もよくありません。
雪:確かにそうですね。ある程度厚みがある方が握りやすく、薄いと心もとないですね。
三:水が入って重くなると曲がるのではという不安も出ます。また、炉の釜に置いたら内側に落ちてしまわないよう、そして風炉では釜から落ちずにすっと乗せられるバランスも重要で合と柄の角度を調整します。
雪:私も緊張すると合の部分に現れますね。
三:家元の点前となると皆さん注視していますしね。更には釜によっても柄杓の重心が変わります。使う釜の事を聞いてから作りますね。
 合は真っ直ぐ立つような竹を選び、繊維が垂直になるように削り込んでいきます。水の切れが良くなるのです。
雪:なるほど。繊維に沿って水が流れるから。
三:はい。繊維が途切れていると、そこに湯が付着しやすくなります。直線に削るというのもなかなか難しいものです。また、重量も計算したり、厚みも均一にそろえます。無理な形になると使っているうちに割れてしまったりします。竹はまん丸とは限らないのでその点も考えながら、見た目や使い勝手を考えています。
 合の内側の柄の合口「月形」はあまり出っ張らないように削ります。その方が普段のメンテナンスや掃除がしやすいのです。
雪:合と柄を差し込んで接合する部分の精度は難しそうですね。
三:宮大工の方法ですが、挿す前に中の皮部分に溝を入れておきます。挿すと合に隠れる部分です。水につけておくと竹の目が立って隙間が無くなるので漏れなくなります。
雪:外れることはありませんか。
三:(柄の接続部が)稲妻状になっていると挿し込んだ時に抜けなくなります。
 外れやすい柄杓は糊付けが多いのです。先述のような工程で作る所は全国で三人くらいでしょうか。
雪:一日にどれくらい作れるものなのですか? 三:朝から夜まで一日作業をして十本作れたら良い方です。重さや大きさのバランスが重要なので、合も柄も一人で作ります。

【竹材のこと】

三:柄杓の生産地はここ高山と四国*がほとんどです。千家十職の黒田正玄さんは京都ですが。
 一時は中国製もありましたが、今はほとんど作っていません。竹の質も気候も違うので難しさがあるのです。
*千家十職の一つで、竹細工・柄杓師を務める。
雪:茶筌の取材でも四国(徳島)の竹の話を伺いました。四国は竹が多いのでしょうか。
三:大きな竹藪が複数あります。合になる竹は四国から入れています。沢の竹は柔らかすぎたり白すぎたりするので山の竹を使います。産地によって竹に違いがあります。
雪:材の油抜きはどう行うのですが。
三:火で処理すると合が茶色くなってしまうので湯を用います。湯で使う道具は湯で処理した方が良いと思います。切り出した青竹は水分を抜いた後天日干しをし、さらに湯でたいて油抜きしたあと寝かせます。合ができた時点で柄を挿すための切り込みを入れる前にも湯につけます。
 この工程により竹にざらつきが無くなり、点前中に茶碗の外へ湯が垂れにくくなります。その後、紙やすりで磨いて面を落とす作業を二回ほどくり返します。なお柄杓の柄は火であぶります。
雪:竹は乾燥すると割れると聞きますがいかがですか。
三:真竹と淡竹の差ですね。淡竹は茶筌の穂を見ればわかるようにまっすぐ割れますが、真竹は粘りがあるので割れにくいのです。
雪:花入れは真竹でも割れる事があります。
三:それは山に生えている年数や伐採の時期、土壌の特性などに左右されます。花入に適する真竹は柄杓に適する真竹とは違うのです。
 新しい竹の花入を作る場合は制作前に水につけると乾燥が均一になるので割れにくくはなりますね。
雪:花入れは割れた後の鎹も雰囲気がありますし、落としを使えば割れにくくはなりますね。

【各流儀の柄杓】

雪:断面が三角形の柄という物もあるのですね。
三:柄杓もいろいろ形があります。宗徧流は断面が三角です。煎茶用は合をべたんと潰して小さい道具に合うようにしたり、合を歪めたりします。流儀にとって一番美味しいお茶を作るために一番良い形があるわけです。
雪:歪めても割れやすくならないのですか。
三:それに合う竹を使います。曲げてから何か月も型にはめて戻らないようにします。それでも湯につけると戻ろうとするので、柄を差し通して止めて戻らないようにします。
雪:遠州流も独特ですね。
三:遠州流は切り止めの向きが炉と風炉で、千家とは逆になっています。
 柄杓は、柄になる竹の太さ次第で銀杏の雰囲気もかなり変わります。合と柄の角度もおよそ何度から何度までと決まっています。角度が緩いほど風炉の釜には乗せやすくなります。
雪:時々バランスの悪い柄杓もありますね。茶杓でさえ曲がりますから、柄杓くらいの長さの調整は難しいでしょうね。
三:合も流儀によって厚みが違います。
 千家の風炉の場合は、内側の直径が一寸六分から七分五厘まで。炉は一寸七分五厘から二寸一部まで。その中間である一寸七分五厘くらいが差し通しなります。遠州流は千家よりも大きいです。口の所を微妙に削る事で、より薄く見せる事ができます。裏千家などがこのようにしています。
             (次号へ続く)

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