江戸千家 > 会報(127号) > 水屋日記(2) 口切

■水屋日記 第2回

口切

川上博之

 茶の湯の世界において十一月の炉開きの頃は、同時に茶壺の口切の時期でもあります。今回はその年のお茶の解禁とも言える口切について書かせていただきます。

 今年も例年通り十月の終り頃、福岡県八女市星野村にあります株式会社星野製茶園様を訪ねました。この地域、昼の風景は緑豊かな茶畑や棚田が広がり、夜のそれは天文台がある事から想像できる通り満天の星空です。こちらに茶壺を預けておりまして、毎年赴いて口切をさせていただいております。
 さて口切当日の話の前に、その半年程前、五月末から七月初旬の間に茶摘みが行われています。そしてその茶葉は口切の日まで熟成させられます。空調や冷蔵技術が発達する以前の時代は茶壺に詰めて日が射さない涼しい場所に保管したわけですが、現代では茶園内に設備を整えた保管室があり、適切な環境のもとで味の成長を待ちます。しかしそんな今日においても、わざわざ茶壺を用いて熟成させた茶は何だか特別な感じがします。流儀内では御存知の方も多い話だとは思いますが、過去には複数の壺に保管して味の変化の違いを比べた事もあります。家元が愛用している茶壺はその中で最も茶が美味しくなったと感じたルソンの壺です。
 さてついに当日、壺の封切りをして蓋を外すと、中から茶の香りが広がってきます。写真のように中には小袋に分けて納められた濃茶用の茶葉とそのまわりを充填するように詰められた薄茶用の茶葉が入っています。この中から一袋を開封し、石臼でひいていきます。
 石臼中央上部の穴に茶葉を入れ、手で臼を回していくと、下部の隙間から染み出るように抹茶が出てきます。石臼は回すのも重く、抹茶が臼から出てくるペースも静かなものです。 その場で伺った話によると、工場内の機械で回している石臼(昔ながらの石臼が回っています)で、一時間に四十グラムという量だそうです。
口切の茶事では、懐石の最中に水屋で臼を回し、客はその音も御馳走として楽しむ習慣がありますが、濃茶一服分となるとかなり長いあいだ臼の音が茶室内に響いている事になります。今回の口切も夕方から始めて、回し終えてその茶を喫する頃にはすっかり夜でした。
 この星野村での口切はその年の茶の最終確認でもあります。点てた濃茶を家元が飲んだ時は、その場に同席した人たちにとっても緊張の一瞬です。もし家元から今年の茶の味は認められないと言われると、解禁にならないからです。茶碗を口から離して、口の中でゆっくり味わいます。「うん……美味しい」と感想が出た瞬間、皆ほっとします。そうすると、自分でも早く飲んでみたくなります。私も皆さまの後に続いて飲んでみます。手でひいた抹茶は少し粒子が荒く、舌にざらつく様に味が残ります。口切ならではの感覚です。手びきで十五ミクロン、機械びきで六ミクロンという大きさの粒子だそうです。
 この号が出る頃には皆様も今年の抹茶を既に召し上がった事があるかもしれません。茶壺道中の時代とは違い、今は全国各地のお茶園の皆様の努力により、手軽に質の良い抹茶が飲めるのが当たり前になっています。しかし、時には茶園での製茶プロセスの工夫や努力、面白さに目を向けてみても良いのではないでしょうか。

   ●『水屋日記』連載記事一覧

 

©2017 edosenke
表紙へ歴 史流 祖茶 室茶の湯のすすめ会報から不白会行 事ご案内出版物事務局サイトマップ