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■ドイツからの便り No.10■

●稽古への入口をドイツ人に作るには(3)●

野尻 明子 (ドイツ在住)
朱の服紗でお点前するシュレーダーさん
男性は紫色の袱紗を使う、という日本の習慣を破って、活気のある茶の湯を試みたい」と朱の服紗でお点前するシュレーダーさん
  二〇〇九年三月、私が人口六千人弱の小さな町Neunkirchenで二度目に持った茶の湯を紹介する講座に、シュレーダーさんが参加していました。高校生時代(日本が一般のドイツ人にとって未知の国だった頃)既に、岡倉天心著「茶の本」のドイツ語訳を読んでいたという彼は、講座の後、道具を片付けていた私ににこやかに近づいて来て、「講座の内容はとても印象的でした。茶の湯を更に深く学べる場があるでしょうか」と尋ねました。私は、「稽古はしていないので、よろしければ、私のBenediktushof(禅の文化センター)の講座を一度お訪ねください。静かで清潔な雰囲気がお気に召すと思います」と答えました。
 しかしながら彼は、インターネットでBenediktushofの私の講座の内容を確認し、それが彼の興味を満たすには不充分と判断したようで、「あなたが稽古を始められるのでしたら、喜んで習いたいと思います」というメールが間もなく届きました。
 私は、ドイツでの七年間の経験を通して稽古を断念するに至ったこと、正座・細心の注意が必要な所作や作法は、ドイツ人のメンタリティーに想像以上に受け入れ難いこと、我が家に稽古に適した茶室がないことなどを挙げて、丁寧に断りましたが、彼はその後も諦めず、メールで丁寧かつ熱心に、「とにかく一度試させて下さい」と私の説得を試みました。
自宅居間での稽古
掲載新聞名:Nuernberger Nachrichten 2005/12/29
撮影:Michael Matejka
当時10歳の長女イヴォンヌと8歳の長男マルセル(自宅で取材を受ける)
 そして、その年の八月、私が以前から茶の湯を紹介していたシーボルト記念館の茶室のある町ヴュルツブルクへ、転職を機に彼が家族と共に引っ越すという偶然が重なったため、翌九月、私は半信半疑のまま、この茶室でシュレーダーさんとの稽古を始めました。
 不思議なことに、私達がこの日どのように最初の稽古をしたのか、全く思い出すことができません。ただ、シュレーダーさんが、それまでのドイツ人男性が「女性的」と敬遠した袱紗捌きを全く抵抗なく受け入れて、真剣に練習し始めたことが、新鮮な驚きとして心に残っています。
 その三週間後、お茶を輸入・販売している会社に勤めるDr.ハイデンライヒいう男性が、日本の茶の湯を一度体験したいと、同僚のDr. プレッツと共に私達の稽古を訪れました。ふたりとも茶の湯に深い理解を示し、忘れられない一期一会となりましたが、Dr.プレッツは、「小さな完全よりも大きく創造的な不完全」という私の言葉にいたく感動して、「来月から僕も一緒に稽古をしてみたい」と言い出し、私達を驚かせました。シュレーダーさんがこの日、豊かな語彙を駆使して熱く語った「茶の湯の魅力」と、彼が熱心に稽古する姿も、Dr.プレッツを大いに刺激したに違いありません。
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